小売業は、その国の生活を映す鏡のような存在であるが、世界のショッピングセンターや小売店の実情から、生活全般の変化を考える。
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ダラー・ツリーがファミリー・ダラーを飲み込み、トップに!
ダラーツリー
 アメリカ小売業界にまたまた激震が起きています。7月28日にバラエティ・ストア(VS)3位のダラー・ツリーが2位のファミリー・ダラーを買収すると発表しました。現在VS企業の1位は、全米小売業売上高ランキング25位のダラー・ジェネラル、2位が同40位のファミリー・ダラー、3位が54位のダラー・ツリー、4位が99セント・オンリーストアとなっているのですが、その3位が2位を吸収するというのです。ダラー・ツリーの売上高(2013年度)は、約77億㌦(約7700億円)、ファミリー・ダラーは、約104億㌦(約1兆400億円)ですので、単純に合計すると181億㌦(1兆8、100億円)になります。1位のダラー・ジェネラルが約175億㌦(約1兆7500億円)ですから、それを上回る企業となります。

 ダラー・ツリーの買収は、約85億㌦(約8500億円)に匹敵する現金と株の交換によるものです。新聞記事によりますと、7月25日の終値に22.8%のプレミアムを付けて1株74㌦50(約7、450円)の値になるということです。内訳は、現金で1株59㌦60とダラー・ツリーの株14㌦90とのことです。合併するとアメリカ48州とカナダの5つの州に1万3000店を超える店舗を展開し、14万5000人の従業員を持つことになります。ファミリー・ダラーは、業績悪化でこの間リストラを進めていましたが、株式の9.4%を握る投資家のカール・アイカーン氏が7月初め、同社の身売りを迫り新たな取締役を送り込む構えを見せていました。

ダラージェネラル (2)
 バラエティ・ストア(VS)というフォーマットのパイオニアは、1879年にペンシルバニア州ランカスターに誕生したウールワースです。「5&10セントストア」という価格帯を絞った店舗で、日常生活に必要な、食品以外の様々な商品を扱ってお客の支持を得ました。ウールワースは、次第に店舗を増やし、チェーン化を図ったのでチェーンストアのパイオニアともいわれています。その創業者であるフランク・ウルワース氏は、来日して講演を行ったこともあります。VSが衰退したのは、ディスカウントストア(DS)の台頭によるものでした。DSは、VSが扱っていた主要な商品を取り込んで、新たに家電や家具のような日常生活に必要な商品を低価格で扱ったのです。

 ディスカウントストア(DS)のチェーン化に成功したのは、Kマートです。ところがKマートの前身は、クレスゲというVSでした。郊外化が始まったアメリカで、VSの凋落を見越してクレスゲの役員であったカニンガム氏がKマートという新たなフォーマットを開発したのです。現在、世界一の小売企業となったウォルマートもその全身は、ベン・フランクリンというVSでした。VSのパイオニアであったウールワースもウールコというDSを始めるのですが、すでに手遅れで失敗に終わってしまいました。ウールワースが倒産したのは、この失敗の影響が大きかったようです。いずれにしても、アメリカ小売業史の中でVSは大きな意味を持っているのです。

familydollar.jpg
 バラエティ・ストア(VS)チェーンで現在、生き残っているのが1939年テネシー州スコッツビルで創業したダラー・ジェネラルと1959年ノースカロライナ州マシューで創業したファミリー・ダラーの2社です。ダラーの名が付いているように当初は、1ドル価格を主に扱っていましたが、現在は複数の価格帯で、一部生鮮食品なども扱っています。店舗は小さいのですが、生活に必要とされるものが揃っています。しかし、どれも間に合わせ的なものばかりです。例えば、フォークやスプーンは、直ぐ曲がってしまうようなアルミで作られ、お皿は、紙やプラスチックで作られたものです。ウールワースがまだ健在だった時には、ダンボール製の旅行ケースが売られていました。つまり必要な生活機能は、何とか賄うことが出来るようにするのが、VSのコンセプトなのです。

 利用するお客は、低所得の人たちです。ウォルマートやKマートといったDSより、同じ機能のものであれば、一層低価格で販売しています。単品を大量に自主生産し、どのフォーマットよりも安く販売するという、伝統的なVSの手法を実行しているのです。ところが最近では、1986年バージニア州チェサピークで創業したダラー・ツリーや1982年カリフォルニア州コマースで創業した99セント・オンリーストアといった新しい企業が登場しました。

 日本でもダイソーやセリア、キャンドゥといった100円ショップが存在を認められるまでになっていますが、アメリカでも同じようなコンセプトの店舗が急成長を果たしているのです。新・旧の大きな違いは、新の方は、低所得者に限らないということです。旧の方は複数の価格帯で、低所得者が多い地域に出店していたのですが、新は、均一価格で新興住宅地の近隣型ショッピングセンターなどに出店しています。扱い商品の品質も旧よりも良くなっています。高所得者であっても便利に利用しているのです。

99ストア
 VSチェーンの最大の特徴は、店舗数が多いことです。ダラー・ジェネラルが1万1、132店(2013年度以下同)、ファミリー・ダラーが7,916店、ダラー・ツリーが4、812店、99セント・オンリーストアが316店です。最大の小売企業ウォルマートが4,779店、ドラッグストアのナンバー1企業ウォルグリーンでも7,998店、ドラッグ業界大手3社の店舗を足してもVSに追い付かないということですから、いかに多いかが分かります。低価格のフォーマットでは、大量販売が必要です。そのためには店舗数が重要になるのです。

 ダラー・ツリーとファミリー・ダラーを比べてみると、どちらも250坪から300坪の小型店舗ですが、ツリーは、約6000品目を均一価格で扱い、ダラーは約5000品目を複数価格で扱っています。この違いは、立地から来ていると思われます。ダラーは、都心の低所得者の多い地域や田舎町にあるのに対して、ツリーは幅の広い中所得者の多い郊外のショッピングセンターにあるのです。ダラーは、小商圏ですから価格帯を多くしなければ売上げが上がりません。その代わり扱い品目は絞っています。ツリーは、商圏が広いので品目数を多くしても均一価格で採算が合うのです。合併後は、それぞれの店名を生かして経営を続けていくとのことですが、この違いをどう克服するかが大きな課題になると思われます。リーマンショック後、価格志向の強くなった消費者にVSは、再び注目を集めているのです。
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急速拡大のトルコ小売業を見る
トルコ・ミグロ トルコは、ヨーロッパとアジアの結節点にあります。ノアの箱舟がたどりついたとされるアララト山や古代のヒッタイト帝国、トロイ、ローマ、オスマントルコなど数々の遺跡が残っています。どこを掘っても遺跡だらけで、世界史の変化に深く関係している国です。様々な勢力に征服され、歴史に翻弄された地域でもあります。それだけに国としての求心力があまりア強くありません。他国への依存度が高く、1923年にトルコ独立までは国としての統一感も薄かったようです。今でもエルトールル号難破の話を教科書で伝えているほど親日的です。ボスフォラス海峡に掛けた橋の中には日本の企業によるものもあります。2011年に完成した海峡横断鉄道トンネルも日本の建設会社によるものです。

 トルコの小売業は、成長段階で、まだ十分な発展を見せていません。零細家族小売業が多く、近代的小売業は総売上高の40%ほどとなっています。それも他国から進出してきた企業が多いのです。他国に頼った方が、早く、良いものが手に入ると判断すると、直ぐに他国のものを導入するというのがトルコの一つの特徴のようです。日本であれば時間を掛けてじっくりと産業を育てようとしますが、トルコはそうしたこだわりがあまりないようです。その例の一つが車産業です。最近ではトヨタ車も走っていますが、ベンツやベンベー、オペルといった欧州車がほとんどです。昔はトルコ車もあったようですが、今は無くなってしまったのです。

 日本車は、まだあまり走っていませんが、現地の人の話では、故障も少なく性能も良い日本車を手に入れたいと思っている人は多いいが、価格が高い、とのことです。トヨタは、1994年にサカリヤ県というところですでに車の生産を始め、昨年(2013年)には増産体制に入っているので日本車はこれから増えていくと思われます。しかし、トルコにはトヨタだけでなく欧米車の工場も多いので、どのように戦っていくかは今後の課題です。流通業も車と似たような状態です。日本の企業は良品計画くらいで、まだあまりありませんが、様々な国の企業が進出しています。

トルコ・キパ トルコに進出している企業には、総合スーパーでは、フランスのカルフール、イギリスのテスコ、ドイツのメトロなど大手3社、スーパーではイギリスのマークス&スペンサーなどです。テスコは、2003年にイズミール地方のキパというスーパーを買収してトルコに進出しましたが、思ったような業績を上げられず、今年(2014年)の2月には撤退を模索しているというニュースが流れました。テスコは、イズミールからイスタンブールに拡大したかったようですが、思うようにいかなかったのがつまずきの大きな原因ではないかと思われます。

 スエーデンのイケア、H&M、スペインのザラ、ホンコンのドラッグストア「ワトソン」、イギリスのホームセンター「キングフィッシャー」、家電の「ディクソン」、服飾の「ネクスト」フランスのホームセンター「アデオ」、ベルギーのC&A、アメリカのギャップ、ドイツのホームセンター「バウハウス」など。プラダ、ルイビトン、エルメス、ディオール、シャネルなどの高級ブランドもあります。様々な国から、様々な企業が進出しているのです。それに対して、トルコ資本では、ミグロ、ビム、キラー、エスオーケー、サナー、コリンズ、マヴィといった企業があります。

トルコ・バウハウス
 トルコ本拠の企業では、ミグロとビムが2大勢力です。ミグロは、1954年にスイスのミグロス(Swiss Migros Cooperatives Union)とイスタンブール・ミュニシパリティ(Istanbul Municipality)の共同事業としてスタートしました。スイスのミグロスと言えば、世界で初の共同組合によるスーパーマーケットとして有名です。このミグロが1975年には、トルコのコチ(Koc)グループに買収されて100%完全なトルコ企業になりました。2010年度には、国内38都市に450店舗展開の規模です。

 ミグロは、2000年度に売上高10億ドルを超え、その後、毎年年率25%の売上高の伸びを示しています。この高い成長率を評価して2008年にはイギリスのムーンライト・キャピタルが買収しました。価格は、約32億ドルで、トルコでは過去最大のレバレッジド・バイアウトだったそうです。ところが2012年には、ウォルマートがミグロの買収を検討しているという噂が流れました。ウォルマートに付いては、2006年にもミグロがロシアで展開しているラムストアを買収するのではないか、という噂がありましたが、今のところ表面化していません。高成長を続けているだけにこれからも目が離せない企業です。

 BIM(Birlesik Magazalar A.Sビシュレジッキ・マーザラージ)は、トルコのトップ企業です。デロイトの世界小売業ランキングでも2011年度49億ドルの売上高で185位にランクされています。食品 と生活必需品を安く扱う店です。食品を扱っていますが、ミグロのようなスーパーマーケットとは少し違います。小型店舗で品目数は約600に絞ってプライベートブランド商品を中心に販売しています。衣料・雑貨などもありますが、常時扱っているわけではありません。欧米ではこうした業態を“ハードディスカウントストア”と呼んでスーパーマーケットと区別しています。1995年に21店舗でオープンしましたが、2014年にはトルコ全土とモロッコに4000店を展開しています。

トルコ気球 BIMは、ミグロ同様、高成長の企業で2009年にはモロッコに、昨年(2013年)にはエジプトに進出しています。いずれも2013年度にはモロッコで164店、エジプトでは35店に達しています。今後も急速に店舗を増やしていく予定です。トルコの経済成長を支えているのは、何といっても人口の爆発的な増加です。この成長を継続しようとオリンピックの開催に名乗りを上げ、結局日本に決まったことは、周知のところです。いずれにしても高い成長を狙って本格的な競争が厳しいものになるのは間違いないでしょう。
ジョイフル本田が遂に上場を果たした!!

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 4月18日(2014年)ジョイフル本田が遂に東証1部に上場しました。ジョイフル本田は、1976年に茨城県土浦市にホームセンター荒川沖店をオープンした企業です。1973年が第一次オイル・ショックですが、この頃、ホームセンター企業が続々誕生しました。ホームセンター業態のパイオニアといわれるドイトが与野市(埼玉県)にオープンしたのが1972年、千葉県を拠点とするケーヨーが1号店を木更津(千葉県)にオープンしたのが1974年、現在DCMグループになったカーマ(愛知県)、ホーマック(札幌)などもこの時期です。

 創業の時期が70年代前半に重なっているのは、オイル・ショックの影響です。オイル・ショックによってビジネス環境が大転換するということで、新たなビジネスを模索する企業が多くあったのです。ニュービジネスのヒントを求めて、たくさんの経営者がアメリカに視察に出掛けました。アメリカでは、当時ロードサイドと言われる立地に様々な業態が並んでいました。あるものはレストランであり、あるものはディスカウント・ストアであり、あるものはホームセンターでした。特にホームセンターは、当時のニュービジネスとして、出店に勢いがありました。その繁盛する姿を見た経営者が、日本での展開を始めたのです。

 ホームセンターに目を付けたさまざまな企業の中でも、薬局、燃料関係、材木店、家具店などの業種母体の企業が成功を治めます。薬局出身では、カーマ、ジュンテンドー、燃料関係では、コメリ、ケーヨー、コーナン、材木店ではジョィフル本田、エンチョー、家具店ではナフコ、島忠などです。ホームセンター企業大手のほとんどは既に上場していましたが、ジョイフル本田だけは未上場のままでした。2013年の連結決算でも、売上高1768億円(6月決算)ですから、未上場だったのは不思議なくらいです。昨年(2013年)9月に突然亡くなられた創業者の本田昌也氏の念願でもあったということですから、上場を見られなかったことは残念なことだったでしょう。

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 今や昔の話になりますが、ジョイフル本田には、よく取材に出掛けました。創業者の本田昌也氏にも何度かインタビューをさせて頂きました。この人だからあの店舗が出来るのだと思うほど、正にジョイフル本田の店舗そのものといった豪快な人でした。今は、大分変化していますが、初期の頃は、巨艦店舗の繁盛店といったもので、日本にチェーンストアを根付かせることをテーマにしていた私の雑誌編集の趣旨から、場違いの批判もあったのですが、そうした声を振り切ってジョイフル本田に足を運んだものでした。

 批判を押し切ってジョイフル本田の取材に取組んだのは、当時の大手小売業の実状があったのです。既存店の売上高が年々急速に落ちていたのです。戦後急速成長を果してきた勢いはどこへやら、大きな構造的問題を抱えていたのです。売上高が構造的に落ちている主要な原因は、消費者の変化でした。戦後の何も持たなかった消費者がテレビを持ち、洗濯機を持ち、冷蔵庫を持ち、車を持ち、と一応生活に必要なものは何でも所持するようになってしまったのです。それまでの大手小売業は、お客の生活に必要なものを販売していました。お客がよく買うモノ、いわゆる売れ筋に絞って売場に並べていたのです。そのほうが高効率であることは明らかですし、それが大手小売業の急成長を支えていたのです。ところが、売れ筋は企業側の論理であって、モノを十分に手に入れたお客には全く通じなくなってしまったのです。

 ジョイフル本田の特徴は、思い切った品揃えと爆発的な低価格でした。どちらも中途半端を嫌った創業者のようでした。例えば、鍋の品揃えは、一人用の小さなものから、イベントに使うような何百人用のものまで、細かく刻んで揃えられていました。薬缶の品揃えでも水を入れたら一人では持てないような大きなものまで扱われていました。たらいでも同様でした。大具道具のようなものは、プロの大工さんが使うようなものが扱われていました。材木や金物、日用品雑貨などでも同様な品ぞろえでした。端から端までまんべんなく揃えていたのです。さらに価格は、大手小売業より、最低でも2割は安いものでした。そのパワーで、店舗は土日に限らず常にお客で一杯でした。

 大手小売業の売上が、急速に落ちているのに、ジョイフル本田の店舗はどうして好調なのか。そこに大手小売企業転換のヒントがあるのではないか。それが取材の意図でした。当時、同じような意味で注目された店舗がありました。渋谷の「東急ハンズ」です。都心では「東急ハンズ」、郊外ではジョイフル本田に注目が集まったのです。結果は、効率優先という企業側の論理に則り絞り込みをしていた大手小売業の間違いが明らかになりました。「東急ハンズ」やジョイフル本田は、品ぞろえを広げて選択をお客に任せていたのです。お客の側のニーズに従ったことで売場の楽しさ、面白さなどが生まれたのです。「東急ハンズ」の開発者は、小売業の素人がやったのがよかったのではないかと当時のインタビューで答えていました。

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 ジョイフル本田は現在、荒川沖店(茨城県)の他、瑞穂店(東京都)、古河店(茨城県)、守谷店(茨城県)、ひたちなか店(茨城県)、千葉ニュータウン店(千葉県)、八千代店(千葉県)、市原店(千葉県)、千葉店(千葉県)、君津店(千葉県)、富里店(千葉県)、千代田店(群馬県)、新田店(群馬県)、幸手店(埼玉県)、宇都宮店(栃木県)など15の店舗があります。さらに、アークランドサカモト(新潟県)やジョイフルエーケー(北海道)のように関係する企業の店舗、それに全国のコピー店舗などを考慮すると今やホームセンター業界に大変な影響力を持っています。

 老舗のレストランが多店舗化して味が落ちた、という話がよくありますが、巨艦の繁盛店が多店舗化して、果たして、創業当初のようなパワーを維持することが出来るでしょうか。さらに今回上場を果たしたのですが、以前のように効率を考えない思い切った試みが出来るでしょうか。創業当時の状況を知っているだけに、気になるところです。
アルバートソンがセーフウェイを飲み込む勝算は?
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 79年度米国スーパーマーケットのランキングよると、1位は圧倒的な店舗数を持つセーフウェイ、2位がクローガー、3位がA&P,4位がラッキー、そしてアルバートソンは9位になっていました。その後変遷を重ねて、最新の2011年度は、1位クローガー、2位セーフウェイ、3位がアルバートソンを始めとして多くのスーパーマーケットを飲み込んだスーパーバリューとなっています。そんな中、今度はアルバートソンがセーフウェイを買収するというニュースが入ってきました。

 記者発表によると、アルバートソンがセーフウェイの株を91億㌦(約9100億円)ほどで買収することで合意したとのことです。この合併によって、セーフウェイの株主は1株当たりおよそ40㌦(約4000円)が手に入るそうです。内訳は、1株当たり32.50ドルの現金と、セーフウェイのギフトカード部門ブラックホーク・ネットワーク・ホールディングスの株式などです。また、新生アルバートソンは、2400店舗以上を全米に展開することになります。1位のクローガーが約3600店(2011年)ですから、それにはまだ及びませんが、新生アルバートソンは、この全米展開の体制でクローガー追撃を目指すことになります。取引は今年(2014年度)の第4四半期までに終わらせるという目論見です。

 セーフウェイが誕生したのは、1914年のことです。この時は、まだ一介の食料品店にしか過ぎなかったのですが、1926年に投資家のチャールズ・リンチ氏に買収されてからがらりと変わります。リンチ氏は、投資会社メリル・リンチを起こした人ですが、資本と経営の分離を図り、経営の責任者をM・Bスキャグ氏としました。スキャグ氏は、初期のアルバートソンとも関係の深い人で、後にスキャグ・アルバートソンというコンビネーションストアを開発したことでもよく知られています。スキャグ氏は、買収したセーフウェイをキャッシュ&キャリー(現金持ち帰り)の店としました。

 セーフウェイは、海外戦略の先駆者でもありました。豊富な資金を背景に、1929には早くもカナダに進出しています。さらに1962年には、イギリスに、1963年にはオーストラリアに、1964年にはドイツに進出しました。現在では、すべて全く関係ありませんが、オーストラリアやカナダのように、今もセーフウェイが代表的なチェーンになっている国が少なくありません。日本にも住友商事と組んで進出しようとしましたが、大反対にあって撤退した経緯があります。セーフウェイがワンストップ・ショッピング(日常生活必需品の提供)に相応しい大型店舗を展開し始めたのは70年代後半のことですが、結局上手くいかず、80年代に入ってリストラをせざるを得なくなります。海外進出していた子会社を手放したのもこの時です。

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 セーフウェイは、一時非公開にした時もあったのですが、1997年にはボンズ、98年にはドミニクス、99年にはロンダールフード、カーゴティンフードなどを買収し勢いを盛り返しました。さらに2000年にはグロサリーワークス・ドットコムを買収してネットサービスにも参入しています。

 アルバートソンの誕生は1939年になります。それまでの食料品店の常識を破って通常の8倍の面積の大型店舗を開発しました。パン、肉の加工品、雑誌など通常スーパーでは扱われないような商品を店舗面積の拡大によって導入しました。1951年には、スーパーとドラッグストアとを組み合わせたコンビネーションストア「スキャグ・アルバートソン」を開発します。この時、ドラッグストアを展開するスキャグ氏との関係が深まります。日本では、アルバートソンの大型店舗をスーパー・スーパーマーケット、つまり既存のスーパーを超える巨大なスーパーと呼んでいましたが、当初から拡大志向の強い企業だったのです。

 スーパーマーケットが競争に打ち克つには、店舗の数が多いことが肝腎です。アルバートソンもセーフウェイと同様に買収によって店舗の数を増やしていきました。1964年にはグレートオールアメリカンマーケット、78年ファチオストア、92年ジュエルオスコ、99年アメリカンストア、2004年ブリストルファームなどを買収します。買収だけでなく、97年にはネットによる販売を始めたり、ガソリン販売を試したり、新しい挑戦を行ったのですが上手くいかず、資金不足を招いて2002年には一部店舗をクローガーに売却しました。

 アルバートソンの業績悪化の原因は、大きく2つのことが指摘できます。1つは、競争の激化です。特にウォルマートが1988年から展開を始めたスーパーセンターの影響です。効率の良いスーパーマーケットと言われていたアルバートソンでしたが、ウォルマートのローコストオペレーション、エブリデイ・ロープライスの敵ではありませんでした。2004年にはアルバートソンも価格訴求の業態開発に取組むのですが、もがけばもがくほど傷は深くなります。2006年には遂に企業を解体してそれぞれの店舗を売却することになりました。中核になるスーパーのアルバートソンは、スーパーバリューとサーベラス・キャピタル・マネジメントが率いるファンドに、ドラッグストアはCVSに、分割しました。

アルバートソン
 分割の結果、アルバートソンは、南カリフォルニアやワシントン州などで展開していた店舗はスーパーバリューの傘下に、テキサス州やルイジアナ州で展開していた店舗は「アルバートソンLLC」としてサーベラス・キャピタル・マネジメントの運営になりました。話はこれだけで終わりません。今度は西側で展開していたアルバートソンの親会社、スーパーバリューの業績が悪化してきたのです。そこで2013年にサーベラスは、スーパーバリュー傘下のジュエルオスコ、アクメ、ショウズ、スターマーケットと共にアルバートソンを買収したのです。新しい統合企業は、「ABアクイジションLLC]という名です。

 サーベラス・キャピタル・マネジメントは、米国の年金基金や機関投資家などから集めた投資信託を基に運営されているファンドですが、日本でも西武鉄道のTOBなどで知られています。今回の買収を整理すると、セーフウェイを買収するアルバートソンは、ABアクイジションLLCという統合企業の傘下にあり、その企業をコントロールしているのがサーベラスグループということになります。グループの中にはキムコ不動産、クラフト不動産、ルーバート・アドラー・パートナー、ショッテンスタイン・ストアなどが含まれています。新生アルバートソンでは、アルバートソンのCEOだったボブ・ミラー氏が会長になり、セーフウェイのCEOだったロバート・エドワード氏が社長兼最高経営責任者になるとのことです。

 ミラー氏とエドワード氏のこれまでのインタビューを要約すると、①アルバートソンとセーフウェイの両社は、これまで同様に維持していきたい、②かなりのコスト削減が可能になる、③これまで以上の低価格をお客に提供できるようになる、④異なる地域のショッピングのニーズに迅速に対応することができる、⑤有能な2大経営チームが結集することで、これまで以上に効率的な経営が可能になる、ということです。しかし、これまでも多くの企業を売り買いしてきたファンドにとっては、株主利益を高めることが最大の使命です。新生アルバートソンもいつなんどき、どんな形で売却されるかは気になるところです。さらに、PBや物流や顧客サービスなど統合は簡単ではありません。有能な2大経営チームのお手並み拝見というところです。

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イオンモール幕張新都心店の差別化要因
横に長く続くイオンモール幕張の外観

 ショッピングセンター(SC)に新しいタイプが登場しました。千葉県幕張にオープンしたイオンモール幕張新都心店です。日本のショッピングセンターは、1969年に誕生した玉川高島屋SC(二子玉川)とされています。それから40有余年、これまでのSCの概念を突き破ろうという新しい試みが行われているのです。マスコミでは、「モノを売るからコトを売る」SC、「体験型」SCなどとして取り上げられています。SCも競争が厳しくなり、お客の買物範囲も狭くなる傾向です。そうした中で、お客の来店目的をどのように設定するかが新しい大型SCの課題になっているのです。

化粧品専門店コスメーム
 イオンモール幕張に入って、まず気付くのは「見せ方」です。モールから各店の壁面がよく見えるように作られています。これまでのSCでは、各店に足を踏み入れて初めて多くの選択肢が目に入ります。ところがイオンモール幕張では、左右の壁面、突き当たりの壁面が、モールから見渡せるように作られているのです。モールを歩くだけで各店の商品が迫って来て、楽しい気分になってきます。言葉を変えていえば、各店のアピール度が高くなっているのです。

イギリスからやってきたトップショップ日本5店目
 商品の陳列には段階があります。第一段階は、商品を棚にただ並べて置くというものです。終戦直後の配給所のようなものです。扱っているものが何なのかが解ればそれで十分なのです。中国などでもつい最近までこんな調子でした。次には、商品の分類が始まります。お客が買い易いように、商品の管理がし易いように並べます。これまでのようなただ在庫をお客に見せるのではなく、金物は金物、陶器は陶器、大きなものは大きなものというようなことです。次の段階では“選択肢”を提示します。デザインやカラー、素材といった選択の要素によって陳列するのです。お客にとっては、より選びやすく、買い易くなります。その次の段階は、選択肢をただ提示するだけでなく、「美しく陳列する」、というものです。カラーバリエーションやデザインの面白さでお客の目を引くのです。イオンモール幕張は、モール全体でこの段階を目指していることが解ります。

ショーケースを並べて百貨店のようなイオン
 SC先進国、アメリカの場合、SCはコミュニティ機能の一環として存在します。協会や学校などと同様です。つまりコミュニティの中で、それぞれ都合のよい場所に作られます。当然厳しい競争はありますが、立地によって明確にSCのタイプが決まってくるのです。もし新たなSCを開発しようとすれば、既存のSCを改装するか、これまでの範囲の外側に作らなければなりません。もちろん小型のSCであれば、その限りではありません。ところが日本の場合、コミュニティが明確ではありませんし、SCを建設する場所も限られてきます。空いている適当な土地を有効活用するしかないのです。そこでSCが大規模の場合、どれだけ商圏を広くとることができるかが課題となってきます。

イオンモール幕張の店内
 SCは、生活に必要性の高いところから順に滞在時間が変わってきます。スーパーマーケットやドラッグストアなど生存に欠かせない店舗が入っている小型のSCでは、買物は短時間になります。なりますというよりも、できるだけ短い時間で買物を済ませたいというのがお客の心理です。日常の買物なので楽しいこともないし、他にもやらなければならないことを抱えているからです。特に、働いている女性にとっては休日は貴重な時間です。次に、衣料や雑貨を扱う中型のSCになると選択や試着が必要ですから買物時間も比較的長くなります。さらに、様々な要素が入った大規模SCになると、楽しさ、面白さなどで滞在時間を長くする必要が出てきます。既存のSCとの差別化をしなければ、お客は遠くから来てはくれません。

体験型専門店のパイオニア島村楽器
 イオンモール幕張は、1日中楽しめるように設定されています。アクティブモールにあるボルダリングやフットサルパーク、テニスステージなどスポーツ関係のもの、ファミリーモールにある「カンドー」は、キッザニアのような子供の社会体験施設。グランドモールには、喫茶店を組み込んだ書店やシネコンはもとより、よしもとの劇場なども併設されています。専門店や飲食店にも新しい試みがたくさんあります。専門店では、化粧品雑貨の店やグルメ食品の店などが特に見どころです。大規模SCは、買物が不便という声もありますが、一日24十分に時間をつぶせるのです。ディズニーランドのファンは、一日居ても飽きないといいますが、イオン幕張は同じものを目指しているといえるでしょう。

シネコンによしもと劇場もある
 イオンモール幕張と既存SCの大きな違いは、結局、客層と滞在時間です。客層とは、来店客はどんな人か、ということです。もちろんどんなお客が来店しても自由なのですが、買物を早く切り上げたいと思うようなSCでは、子供を連れて行くのは気が引けますし、夫にとっても、楽しいものとは言えないでしょう。ところがディズニーランドに見られるようなコンセプトの“場”であれば、大人も子供も家族そろって楽しめます。家族そろって楽しめると言うことになれば、当然滞在時間も長くなります。大規模SCの差別化は、ユニークなテナントを入れることも重要ですが、今やこの段階に入ったといえます。大規模SCということでは、パイオニアでもある同じ沿線の「ららぽーと」との競争が注目されていますが、イオンモール幕張の試みがどんな結果になるか、今後が楽しみです。

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