小売業は、その国の生活を映す鏡のような存在であるが、世界のショッピングセンターや小売店の実情から、生活全般の変化を考える。
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島村楽器50周年記念レセプション開催
祝辞を述べる倉本商業界主幹


 島村楽器の創業50周年記念レセプションが先日開催されました。梅村充ヤマハ社長、岡田卓也イオン名誉会長・相談役、倉本初夫商業界主幹、ピアニストの中村紘子さんの他300人からの参加者が集まって盛大に開かれました。島村楽器の島村社長との出会いは、1979年のことでした。商業界のRMS(リティル・マネジメントスクール)でのことでした。それから33年、この日が来るとは当時は、想像も付きませんでした。

 RMSとは、商業界が商人のための学校として77年に開校した経営講座でした 島村社長はその3期生でした。商業界の記録には第4期となっていますが、第1期は、「長期経営計画づくり講座」という名称で第2期からRMSと変えたのです。従って、正確にはRMSは3期目ということになります。実は、RMSは、私と当時東洋大学の教授であった故川進一先生とが企画し、立ち上げたものでした。

 「長期経営計画を立てることも大切だが、商人には経営の基本を身に付けることが重要だ。原理原則を教え、商人としての心構えが身に付くような学校を作ろう」というのが川先生のお考えでした。そのコンセプトに基づいてRMSと名称を変え、1年間、毎月1回2日間という講義が行われました。そのRMSの3期目に入学したのが、島村社長だったのです。当時、東京で音楽教室を主体に展開していた島村楽器にRMSがどれだけお役に立つのか、私も疑問でした。しかし、卒業パーティのご挨拶では、「自己流でやっていて壁に突き当たっていたが、原理原則を学んで理論武装をすることができた」と貴重な体験であったことを語られていました。
御礼を述べる島村社長

 島村社長と昵懇になったのは、次の年に開催された米国小売業視察セミナーでした。アメリカを視察してRMSで習ったことを実際に目で確かめて来ようということで参加されたのです。実は、このセミナーも川先生と私とのプランでした。正にRMSで教えたことを目で確かめてもらおう、ということが目的でした。その米国セミナーで島村社長と同室になりました。申し込みが遅かったために事務局の部屋しか空きが無かったのです。参加者を事務局の部屋に入れるなどは、もっての外の禁じ手でもありますが、それでも参加したい、という島村社長の心意気に敬意を払わずにはいられませんでした。

 そんな縁で50周年の成長・発展を、これを機に本にまとめさせて頂きました。『島村楽器 エンジョイ・ミュージックライフの経営』(商業界発刊)という題名ですが、82年にジャスコ葛西店に出店してからショッピングセンター中心に成長・発展し、およそ140店舗、300億円の現在に至るまでのことが書かれています。なぜ成功したかのヒントもたくさん含まれています。単に楽器専門店だけでなく、多くの小売業者の人たちの参考になるようにまとめたつもりです。
エンジョイ・ミュージックライフの経営

 今回島村楽器の本を書いて一番感じたのは、島村楽器の音楽業界に対する貢献です。音楽業界というよりも音楽マーケットと言った方が正確でしょう。物流やストアブランドづくりなどシステムもそうですが、それ以上にマーケットに及ぼした影響は大きなものがあるのです。代官山音楽院では、必要な人づくりをし、SBでは気軽に手にできる楽器づくりをし、楽器業界のIT化に貢献し、店舗でもお客が近寄りやすいオープンなスタイルを作りました。結果的に音楽マーケットを拡大し、文化向上に寄与しているのです。

 「お客の求めるものを売るな、お客のためになるものを売れ」という言葉は、書いていて気に入ったものです。お客の求めるものを売っているだけでは、商品を横流ししているだけで機会と変わりありません。これでは自動販売機やインターネット販売などに負けてしまいます。「私の求めていたものは正にこれなのだ」とお客が思うような売り方、商品を提供してこそ専門店なのです。これからのすべての商人が心掛けなければならない言葉だと思いました。
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