小売業は、その国の生活を映す鏡のような存在であるが、世界のショッピングセンターや小売店の実情から、生活全般の変化を考える。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
百貨店は無用の長物?
 景気低迷で、小売業の売上げは、ますます悪化しています。確かにユニクロやニトリのような一部業績を上げている例もありますが、ほとんどの業態は悪化です。なかでも特に酷いのが百貨店です。二桁の売上減が何カ月も続いて、お先真っ暗といった感じです。三越伊勢丹HDでは、池袋三越や吉祥寺伊勢丹などの古くから親しまれてきた店舗を閉鎖して体制を整えようと懸命です。こうした状況を見て、もはや百貨店は不要なものになった、といった指摘も出てきています。

 百貨店のこの苦戦の原因には、大きく2つのことが指摘できます。一つは、景気の悪化による収入の減で百貨店が取り扱っている高級商品に買い控えが起きていることです。もう一つは、ザラ、H&M、フォーエバー21、ユニクロといった低価格の専門店にお客が奪われていることです。高級品の分野でもグッチ、ルイビトン。シャネルなど直営専門店にお客を奪われていることは、以前から指摘されていたことです。

 百貨店が、日本で誕生したのは1904(明治37)年のことです。日露戦争が始まったこの年、三井呉服店は、三越呉服店に改組し、同時にデパートメント・ストアの実現を宣言しました。その後三越となっていくわけですが、その前身が江戸時代に誕生した越後屋呉服店であることは、よく知られていることです。天保3年江戸・駿河町に「越後屋」という屋号の呉服屋を開店した伊勢松阪出身の三井八郎右衛門(三井高利)は、「現銀かけねなし」をスローガンにさまざまな革新を行いました。「現銀かけねなし」とは、通常に行われていた掛け売り(いまで言うローン販売ですが、ある時払いといった感じで、支払いが滞ることが少なくなかった)を止め、現金でしかも定価販売にしたのです。
  
 江戸の人々を驚かした主な経営革新には、①店先に呉服物を並べ、買いに来たお客に即金売りをする「店前売り」。それまで呉服店は、お客が来ると奥から何点かの呉服物を持ってきて見せ、気に入らないとまた奥に下がって別の物を持ってくると言うようなことをしていたのです。三越は、その手間を省いて、安く提供したのです。②地方の呉服屋に品物を卸す「諸国商人売り」。③得意先を回り注文を取ってから品物を持参するとか、呉服物を持って屋敷を訪ね、奥向きに説明をして品物を置いて帰り、後で買上げにならなかったものを持ち帰る「見世物商い、屋敷売り」などを行いました。すべて極力無駄を省き、その分価格を安く売るという合理的なものでした。

 それまでの日本の流津業は、問屋が支配し小売業は、資本力も人材もない零細小売業の時代でした。唯一、日常着る物を扱う呉服店だけは資本力と人材を蓄えていたのですが、越後屋は革新的経営で巨大小売業となることができたのです。しかし、その後新しい革新勢力が次から次へと登場して、戦後もはやこうした革新性は百貨店から失われていきました。これは、アメリカのデパートメント・ストアも同じような歴史を辿っています。では、やはり百貨店は無用の長物になってしまったのでしょうか。

 本来、小売り業態は、消費者の必要性(ニーズ)によって成立するものです。革新性が無くなったとしても、消費者ニーズがあれば、必ず成立するものです。百貨店は、革新的経営とは別に、お客を惹き付ける魅力を持っていました。一つは文化の発信です。新しい生活、ライフスタイル、美や芸術といったこれまで目にすることができなかったものがそこにあったのです。30年ほど前に初めてニューヨークのメーシーやブルーミングデールの最上階売場を目にしたとき、美術館に居るような錯覚を持ったものです。二つ目はブランドの育成です。百貨店から生まれ、世界のブランドに育ったものは少なくありません。現在プレステイジブランドとして、世界中でもてはやされているものは、すべて百貨店が育ててきたと言っても過言ではないと思います。三つ目は、向上心の喚起です。あんな生活をしてみたい、何時かあの商品を買いたい、など百貨店を見て消費者は刺激を得たのです。それは、明日へのエネルギーでもありました。

 時代は変わりましたが、百貨店へのお客の期待はまだまだ小さくはないはずです。その一つは、マイナーな物への期待です。手作りで、手間が掛かって、多くは作れないといった物への期待です。産業革命以来、大量生産はあらゆる分野に拡大していきました。それによって、それまで高価だったものが、多くの人が安く手にすることが出来たのです。こうした大衆化は、チェーンストアと呼ばれる大規模小売業を育てました。しかし、手作りの物など大量生産に上らない物もあります。さらに新しく開発される物は、当然最初は、マイナーな物です。こうしたものは、チェーンストアでは扱うことができません。百貨店は、このマイナー商品を世間に知らせることが出来るのです。

 もう一つの期待は、距離の問題です。住まいが、都心から離れ、現在のように都心に買物に出ることが滅多になくなると、近くで買いたいという期待が大きくなります。もちろん歩いて隣に買いに行くと言うことではありませんが、郊外では便利な交通手段である車を利用して買いに行きたいという期待が大きくなるのです。アメリカでは、1970年後半頃から、都心のデパートメント・ストアが郊外のSCに出店するようになりました。日本でも最近SCに出店を始めていますが、まだフォーマットの確立ができず、苦戦をしているようです。さらに経営悪化で、資金がなくなって出店が思うように進まなくなっているようです。逆に出店したものの退店してしまった店もあります。しかし、生き残りのためには、早く、フォーマットを確立して実行しなければならないことなのです。実は、フォーマットの確立のためには、失われてしまったマーチャンダイジング力を再び取り戻さなければならない、というハードルがあるのですが、詳細は、またの機会とします。
SCに出店した三越の店舗




スポンサーサイト

テーマ:ビジネス - ジャンル:ビジネス

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。