小売業は、その国の生活を映す鏡のような存在であるが、世界のショッピングセンターや小売店の実情から、生活全般の変化を考える。
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車社会とショッピングセンター
  i-asu
“激戦地”という言葉があります。文字通り、競争が激しく行われているところですが、アメリカ視察に行くと、スーパーマーケットやショッピングセンターなどが軒を接するほどの激戦地があって、これでは生き残っていくのが大変だ、と驚かされたものです。日本では、10年ほど前までは、激戦地といえば大型店がしのぎを削っているところでしたが、最近では、ショッピングセンター同士の激戦地が取り上げられるようになりました。

 最近ショッピングセンターの激戦地としてよく取り上げられるのが、つくばエクスプレス沿線です。沿線の駅の近くに続々と新しいショッピングセンターが誕生し、マーケットの取り合いが始まっているのです。なかには行き過ぎではないかと心配する声も聞かれるほどです。確かに、これまで何もなかったところに、いくつもの大型商業施設がオープンするのですから、大変だと思う気持ちも当然です。しかし、もう少し別の角度から見ると商業施設は単に数だけではないということが解ります。
 
 商業施設にとって“立地”は極めて重要な条件です。どこに作られるかによって消費者との関係はまったく違ったものとなります。例えば、駅前と住宅地の外側です。つまり、駅ビルと中心地の外側に作られたショッピングセンターでは、その役割もかなり違ったものになってくるのです。実際、既成の駅には、駅の数ほどと言われるくらい、商業施設があります。アメリカと違って大衆交通手段(マス・トラッフィック)が発達している日本では、駅ビルは利用者にとって便利なものです。そこでどんなビジネスが適しているのか、は別の問題としてつくばエクスプレス沿線のショッピングセンターには、その役割を持っているものと、カーショッピングに適した、中心地から離れた商業施設とがあります。これを混同すると、激戦の意味も取り違えてしまうでしょう。

 もう一つ指摘しておきたいことは、車社会の実態です。日本で車社会が本格化するのは、70年代になってからのことです。その頃から、ロードサイドには紳士服や靴、玩具、スポーツ専門店、ホームセンターなどの店舗が拡がっていきました。それから40年位が経ちますが、カーショッピングに対する分析が不十分ではないかという気がしてなりません。特にショッピングセンターが増えてくるに従って、その気持ちは大きくなって来るのです。最近感じることは、車を運転しない人には、車社会を理解するのは難しいということです。運転免許書を持っていて、運転する能力があっても運転しない人は少なくありません。東京都内などに住んでいると、運転する必要もないし、かえってコストは掛かるし不便です。たとえ運転したとしてもショッピングではないのではないでしょうか。その人たちには、車社会を理解することはできないでしょう。

 アメリカ、特にカリフォルニアなどは、完全な車社会です。車は靴と同じようなもので、車がないと外を歩けない、と言っても過言ではないでしょう。従ってショッピングも車によることが多くなります。アメリカの車社会を考えるとき重要なことは、コミュニティの形成です。もともとアメリカは、協会や議会やショッピングセンターを中心にコミュニティが形成されていますが、それを車がさらに強固なものにした、と言うのが私の仮説です。従って、ショッピングセンターもそのコミュニティの一環として成立しているのです。日本は、中央へ向かって鉄道が発達しています。働く場所も、買物も鉄道に乗って中心地に向かっていたのです。郊外はあくまでもベッドタウンであってコミュニティなどではありませんでした。ところがそこにショッピングセンターが生まれ、車で移動するようになると、コミュニティの形成が始まったのです。“地方分権”“ 地産地消”“ 村おこし”などということが盛んに言われるようになりましたが、そのためには、コミュニティの形成が不可欠ですし、車社会は、必要条件となるのです。(つづく)
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