小売業は、その国の生活を映す鏡のような存在であるが、世界のショッピングセンターや小売店の実情から、生活全般の変化を考える。
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ジョイフル本田が遂に上場を果たした!!

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 4月18日(2014年)ジョイフル本田が遂に東証1部に上場しました。ジョイフル本田は、1976年に茨城県土浦市にホームセンター荒川沖店をオープンした企業です。1973年が第一次オイル・ショックですが、この頃、ホームセンター企業が続々誕生しました。ホームセンター業態のパイオニアといわれるドイトが与野市(埼玉県)にオープンしたのが1972年、千葉県を拠点とするケーヨーが1号店を木更津(千葉県)にオープンしたのが1974年、現在DCMグループになったカーマ(愛知県)、ホーマック(札幌)などもこの時期です。

 創業の時期が70年代前半に重なっているのは、オイル・ショックの影響です。オイル・ショックによってビジネス環境が大転換するということで、新たなビジネスを模索する企業が多くあったのです。ニュービジネスのヒントを求めて、たくさんの経営者がアメリカに視察に出掛けました。アメリカでは、当時ロードサイドと言われる立地に様々な業態が並んでいました。あるものはレストランであり、あるものはディスカウント・ストアであり、あるものはホームセンターでした。特にホームセンターは、当時のニュービジネスとして、出店に勢いがありました。その繁盛する姿を見た経営者が、日本での展開を始めたのです。

 ホームセンターに目を付けたさまざまな企業の中でも、薬局、燃料関係、材木店、家具店などの業種母体の企業が成功を治めます。薬局出身では、カーマ、ジュンテンドー、燃料関係では、コメリ、ケーヨー、コーナン、材木店ではジョィフル本田、エンチョー、家具店ではナフコ、島忠などです。ホームセンター企業大手のほとんどは既に上場していましたが、ジョイフル本田だけは未上場のままでした。2013年の連結決算でも、売上高1768億円(6月決算)ですから、未上場だったのは不思議なくらいです。昨年(2013年)9月に突然亡くなられた創業者の本田昌也氏の念願でもあったということですから、上場を見られなかったことは残念なことだったでしょう。

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 今や昔の話になりますが、ジョイフル本田には、よく取材に出掛けました。創業者の本田昌也氏にも何度かインタビューをさせて頂きました。この人だからあの店舗が出来るのだと思うほど、正にジョイフル本田の店舗そのものといった豪快な人でした。今は、大分変化していますが、初期の頃は、巨艦店舗の繁盛店といったもので、日本にチェーンストアを根付かせることをテーマにしていた私の雑誌編集の趣旨から、場違いの批判もあったのですが、そうした声を振り切ってジョイフル本田に足を運んだものでした。

 批判を押し切ってジョイフル本田の取材に取組んだのは、当時の大手小売業の実状があったのです。既存店の売上高が年々急速に落ちていたのです。戦後急速成長を果してきた勢いはどこへやら、大きな構造的問題を抱えていたのです。売上高が構造的に落ちている主要な原因は、消費者の変化でした。戦後の何も持たなかった消費者がテレビを持ち、洗濯機を持ち、冷蔵庫を持ち、車を持ち、と一応生活に必要なものは何でも所持するようになってしまったのです。それまでの大手小売業は、お客の生活に必要なものを販売していました。お客がよく買うモノ、いわゆる売れ筋に絞って売場に並べていたのです。そのほうが高効率であることは明らかですし、それが大手小売業の急成長を支えていたのです。ところが、売れ筋は企業側の論理であって、モノを十分に手に入れたお客には全く通じなくなってしまったのです。

 ジョイフル本田の特徴は、思い切った品揃えと爆発的な低価格でした。どちらも中途半端を嫌った創業者のようでした。例えば、鍋の品揃えは、一人用の小さなものから、イベントに使うような何百人用のものまで、細かく刻んで揃えられていました。薬缶の品揃えでも水を入れたら一人では持てないような大きなものまで扱われていました。たらいでも同様でした。大具道具のようなものは、プロの大工さんが使うようなものが扱われていました。材木や金物、日用品雑貨などでも同様な品ぞろえでした。端から端までまんべんなく揃えていたのです。さらに価格は、大手小売業より、最低でも2割は安いものでした。そのパワーで、店舗は土日に限らず常にお客で一杯でした。

 大手小売業の売上が、急速に落ちているのに、ジョイフル本田の店舗はどうして好調なのか。そこに大手小売企業転換のヒントがあるのではないか。それが取材の意図でした。当時、同じような意味で注目された店舗がありました。渋谷の「東急ハンズ」です。都心では「東急ハンズ」、郊外ではジョイフル本田に注目が集まったのです。結果は、効率優先という企業側の論理に則り絞り込みをしていた大手小売業の間違いが明らかになりました。「東急ハンズ」やジョイフル本田は、品ぞろえを広げて選択をお客に任せていたのです。お客の側のニーズに従ったことで売場の楽しさ、面白さなどが生まれたのです。「東急ハンズ」の開発者は、小売業の素人がやったのがよかったのではないかと当時のインタビューで答えていました。

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 ジョイフル本田は現在、荒川沖店(茨城県)の他、瑞穂店(東京都)、古河店(茨城県)、守谷店(茨城県)、ひたちなか店(茨城県)、千葉ニュータウン店(千葉県)、八千代店(千葉県)、市原店(千葉県)、千葉店(千葉県)、君津店(千葉県)、富里店(千葉県)、千代田店(群馬県)、新田店(群馬県)、幸手店(埼玉県)、宇都宮店(栃木県)など15の店舗があります。さらに、アークランドサカモト(新潟県)やジョイフルエーケー(北海道)のように関係する企業の店舗、それに全国のコピー店舗などを考慮すると今やホームセンター業界に大変な影響力を持っています。

 老舗のレストランが多店舗化して味が落ちた、という話がよくありますが、巨艦の繁盛店が多店舗化して、果たして、創業当初のようなパワーを維持することが出来るでしょうか。さらに今回上場を果たしたのですが、以前のように効率を考えない思い切った試みが出来るでしょうか。創業当時の状況を知っているだけに、気になるところです。
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