小売業は、その国の生活を映す鏡のような存在であるが、世界のショッピングセンターや小売店の実情から、生活全般の変化を考える。
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枝垂れ桜と流通の復旧
般若院の枝垂れ桜


 今年は、茨城県・龍ヶ崎市にある般若院の枝垂れ桜を見てきました。大震災・原発事故などで自粛の声もある中、桜はなぜか一段と美しく見えました。さびしく、悲しく、辛く、悔しく、全ての感情を満開の桜は凛として受け止めてくれました。いつの時代も日本人はこの花に励まされて生きてきたのです。桜の営みに負けてはいけない、満開の花はいつの時代も変わりなく開く、ということを心に刻んで花を愛でてきました。被災地に桜が咲くのももう直ぐです。

 龍ヶ崎の般若院は、天元元年(978)に道珍法師によって創建されたと言われている天台宗の寺(金剛山観仏寺)です。その後土地の豪族土岐氏の祈願所であったり、伊達家代々の位牌所であった時代もありました。枝垂れ桜は、この寺の本堂の裏手にある樹齢推定400年といわれる巨木で、茨城県の天然記念物に指定されています。樹高約10m、目通り幹囲約5m、枝張り東西約15m・南北約22mで、エドヒガン(江戸彼岸)の園芸品種です。お花見の時期には、近隣から大勢の人がこのサクラを見に般若院を訪れます。

 枝垂れ桜の横は墓地になっていて、たくさんのお墓が並んでいます。よく見ると、門の近くにあった石の灯篭も下に転がっていたり、あちこちで墓石が落ちていたり、地震の大きさを見せていました。推定樹齢400年といわれるこの桜は、並んでいるお墓と共に、きっと数限りない怒り、悲しみ、喜び、憎しみ、恨み、苦しみなどを見てきたことでしょう。しかし、今回のような大震災に遭遇したことはあったでしょうか。桜は黙して何も答えてはくれません。その代わり、どんな天変地異にも負けずにすっくと立つ桜の花は、自然の厳しさを教えている気がします。

 被災地の復旧も急速に進んでいるようです。物流網も回復に向かい、不足していたものも順次揃っているようです。イオンは、東北地方に約170店のスーパーを展開していますが、3月末にはこの店舗網をカバーしていた仙台市にある物流センターの配送機能を完全に復旧したということです。ただし、各店向けの商品を仕分けする機械が壊れているため仕分けは千葉県のセンターでして、仙台のセンターに持ち込んでいる、ということです。各店宛ての荷物は、千葉で作って仙台の物流センターに持ち込む、という形です。仙台市にあるセンターの仕分け機能も4月中には回復する計画です。

 イトーヨーカ堂は、仙台市内の生鮮食料品用の物流センターが被災したため臨時的に埼玉県春日部市のセンターから商品を配送していました。しかし、品種、量とも通常の8割程度ということで、4月7日から代替のセンターを仙台市で稼動しました。代替のセンターは、仙台市内にある物流会社の拠点を借りたもので、稼動によって宮城、福島、岩手県内のイトーヨーカ堂5店舗と秋田県の食品スーパー1店で品そろえがほぼ震災前の水準に戻る見通しだそうです。

 コンビニは、東北地区に大手3社で約2350店舗がありますが、そのうち9割超の2150店が営業しています。セブン-イレブン・ジャパンは、3月26日から配送を1日3便の通常体制に戻し、店舗からの発注システムも復旧したとのことです。これによって、品種は8割程度でも量的には震災前以上の水準になったということです。ローソンは、これまで1便の配送でしたが、4月8日から2便体制に、ファミリーマトも1便を8日か9日に2便に増やすということです。

 物流は急速に回復しているものの、商品は不足しているものがまだ少なくないようです。ミネラル・ウォーターやヨーグルトなどは本数制限がありますし、乾電池やガス・ボンベは、品薄状態です。まだまだ普通の生活に戻るには時間が掛かりそうですが、復旧は着々と進んでいます。一時、桜の美しさを楽しんで復旧・復興の鋭気を養って頂ければと思っております。ガンバロー日本!!
 

 
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東日本大震災と小売業の対応
 こんなことがあるのかと思わずにはいられないような恐ろしい災害でした。しばらく茫然自失状態で、何もかも手に付かず、ブログも更新しないままになってしまいました。最近、復興の声が聞こえてくるようになって、書かなければいけないという気持ちが起きてきました。「時間は、すべてを癒してくれる」と言っても被災地の人たちにとっては、そんなに簡単なものではないでしょう。でも、この困難を乗り越えて強く生き抜いて欲しいと思っております。少しでも早く普通の生活に戻れることを心から祈っております。

 今回の東日本大震災は、被害が広範にわたっている事が一番の特徴でした。地震も大きなものでしたが、その後の津波は、言葉を絶するような大被害をもたらしました。それに、さらに福島原発の事故が加わってしまいました。その3つが、足し算ではなく掛け算になって被害を拡大したのですから、これほど恐ろしいことはありません。小売業の被害も大きなものでした。震災2日後のダイエー仙台店、28日に24時間営業を始めた西友の12店舗、31日に営業再開したイオン石巻、と頑張ってはいるもののコンビニも含めて、再開したのはまだ半分位にしかすぎないようです。

 こうした時は、早く店舗を開けることが小売業の重要な役割です。戦後の焼け野原にいち早く開店した岡田屋(イオンの前身)や伊勢湾台風の後、水に漬かった衣類をただ同然の値段で販売した西川屋(ユニーの前身)などお客に喜ばれた例は、枚挙にいとまがありません。今回のダイエー仙台店は、阪神大震災の教訓を生かして2日目に開店にこぎつけましたが、お客は大変喜んでいたということです。しかし、それでも商品が間に合わず、棚はがらがら、という状態は如何ともしがたいようでした。

 店舗を再開するためには、確立すべきことが4つあります。①店舗、②商品、③人、④物流です。店舗は、今回壊滅的な打撃を受けました。津波で跡形も無く流されてしまったところも多くありました。しかし、テントを張ったり、店舗の前で販売したり頑張ったところもありました。茨城県にあるケーヨー(ホームセンター)では、店舗の前で緊急商品(電池やガスボンベなど災害用の商品)だけを販売していました。店内は、商品棚が倒れ、お客の安全が確保できないために立ち入り禁止、ということでした。

 商品は、産地やメーカーが大きな打撃を受けたために入手困難になっています。特に被災地の断水に放射能汚染まで加わって需要が増大した飲料水やカップ麺のようなインスタント食品、それに納豆や豆腐などの日配品、乾電池、ガスボンベなどが、間に合いません。さらに被害の無かった地域でも買占めがあって一層の不足を生じました。店は開けても棚は空では再開したことにはなりません。イオンなどでは、ミネラルウォーターをフランスや韓国、カナダから、たまねぎとにんじんをオーストラリアから、ツナ缶をタイから急遽輸入することにしました。

 人の問題はもっと深刻です。販売員がいなければ店は開けませんが、その販売する人自体が被災してしまったのです。今回は、被災どころではありません。身内の人を亡くしたり、本人自体が犠牲になったりしているのです。ダイエーは、阪神・淡路大震災の教訓を生かして、マニアルを作っていました。まず12日の夕方には、人事部の3人が先乗りし、後を追って60人の社員がバスで仙台店に向かったのです。12日には商品も千葉県の倉庫などからトラックで運び、13日には再オープンにこぎつけました。

 物流網が完全に断たれてしまったのは、致命的でした。鉄道も道路も、港も空港もやられてしまいました。仙台のような大都市はまだよかったのですが、太平洋側の町や村、山側でも小さな町や村が物流網を断たれました。さらに最近の流通業は、できるだけ在庫を減らして新鮮なものを提供する仕組みになっています。これがもの不足に拍車を掛けたといえます。店舗は、ぎりぎりの在庫しか持っていません。もし足りなくなれば物流センターから運びますが、センターも余分に持っているわけではありません。今回のような大震災を想定しているわけではないのです。さらに、今回は物流センターも津波に流されて使えなくなりました。

 物流については、今回2つのことが教訓に挙げられます。一つは、運搬手段です。既存の運搬手段だけでなく、緊急の手段といったものも取れるように考えておきべきでしょう。例えば、通常はトラック便が多くなるでしょうが、船や飛行機などを飛ばすなど臨機応変な対応が必要です。もう一つは、商品補給の仕組みです。通常は物流センターから店舗へ配送しますが、被害を受けていない近くの店舗から被災地の店舗へ送る、といった仕組みです。物流センターが機能しなくなった今回のような場合は、特にそうです。店舗網で被災地の店舗を支えていくのです。

 もちろん、お客が安心・安全に買物するためには、電気、ガス、水道などのインフラが復活しなければなりません。上記の4つの事項は、あくまでも取りあえずのことでしかありません。しかし、それでも一刻でも早く、商品を届けることが重要なのです。少し落ち着いた時点で再度物流を見直してみる必要があるようです。いずれにしても一刻も早く被災地が普段の生活を取り戻せるよう心から祈っております。

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